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広島高等裁判所岡山支部 平成3年(う)28号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を岡山地方裁判所に差し戻す。

理由

本件控訴の趣意は検察官西尾精太作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は弁護人大石和昭作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

一  検察官の控訴趣意の要旨は、次のとおりである。

本件控訴事実の要旨は、「被告人は、Aが有限会社「甲野商事」事務所において、平成二年度セントラルリーグ、パシフィックリーグ野球選手権及び全国高等学校野球選手権大会の各試合につき、優勢とみられるチームに対しては一定の点数をハンディキャップとして負担させ、これをそのチームの得点から除算して勝敗を決する方法により、賭客をして勝ちチームを予想指定させ、予想の的中した時は所定の割合に応じた賭金の九割を勝者に支払うが、残り一割は手数料名下にその勝者から徴収し、予想の的中しない時は、所定の割合に応じた賭金を微収する約定のもとに、俗にいわゆる野球賭博と称する賭博を開張し利を図った際、常習として平成二年八月一九日及び同月二〇日一口を一万円として合計一九〇口、賭金額合計一九〇万円を賭けて賭博をした。」というものである。これに対し、原判決は、「被告人が右の内容の野球賭博(以下「本件野球賭博」という。)をしたこと自体は明白であるが、被告人が本件野球賭博を常習として行ったという点については、本件全証拠によるも、これを認めるに十分ではないから、本件野球賭博について刑法一八六条一項の常習賭博罪の成立は認められず、同法一八五条本文の単純賭博罪の成立が認められるにとどまり、単純賭博罪は罰金以下の刑にあたる罪であって、簡易裁判所の専属管轄に属し、地方裁判所の事物管轄に属さない。」として管轄違の判決をした。しかしながら、原判決は、被告人の賭博常習性を認めなかった点において事実を誤認し、あるいは刑法一八六条一項の解釈適用を誤り、ひいては不法に管轄違を認めたものであって、破棄を免れない。

二  本件の争点は、被告人に賭博の常習性があり、本件野球賭博が右の習癖の発現であると認められるかどうかという点である。

ところで、刑法一八六条一項にいう賭博の常習性とは、賭博行為を反復累行する習癖をいうのであって、行為自体の属性ではなく、行為者の属性であり、常習賭博罪は、右の習癖を有する者が、その習癖の発現として賭博を行うことによって成立することは、原判決も説示するとおりであり、右の常習性の認定については、被告人の職業・経歴、賭博の前科・前歴の有無、賭博の性質・方法、賭博の行われた期間、賭金額など諸般の事情を総合して判断すべきことは、累次の判例の示すとおりである。

そこで、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも加えて、右の常習性の存否について検討すると、被告人が常習として本件野球賭博をしたものと認められ、この点についての原判決の判断は支持できない。以下、主要な点について説明する。

三  原審及び当審で取り調べた関係証拠によれば、前記の諸般の事情について、次の各事実が認められる。

1  被告人の職業、経歴について

被告人は、昭和五三年中学卒業後直ちに暴力団に行儀見習として入り、昭和五六年ころには暴力団乙山組組員となり、昭和六二年には乙山組を破門されたが、平成元年には暴力団丙川組組員となり、現在に至っていて、これまで正業に就いた形跡はない。その間、少年時代から、多数の検挙歴を重ね、恐喝未遂、監禁、賭博、覚せい剤取締法違反の前科四犯がある。右の暴力団乙山組及び丙川組は、いずれも賭博を資金源の一つとする博徒団体である。

2  賭博の前科、前歴について

被告人は、乙山組に所属していた当時の昭和六〇年一月三一日賭博罪で略式命令により罰金一〇万円に処せられた前科がある。右略式命令の「罪となるべき事実」の要旨は、「被告人は、B、CらがC方において昭和五九年度セントラルリーグ及びパシフィックリーグ野球選手権の各試合につき、優勢とみられるチームに対しては一定の点数をハンディキャップとして負担させ、これをそのチームの得点から除算して勝敗を決する方法により、賭客をして勝ちチームを予想指定させ、予想の的中した時は所定の割合に応じた賭金の九割を勝者に支払うが、残り一割は手数料名下にその勝者から徴収し、予想の的中しない時は、所定の割合に応じた賭金を徴収する約定のもとに、俗に野球賭博と称する賭銭賭博を開張し利を図った際、昭和五九年九月一九日ころと同月二〇日ころの二回にわたり、前記方法により一口を一万円として合計二一口賭金額合計二一万円を賭けて賭博をした。」というものである。しかし、実際には、被告人は、同年八月八日から同月二一日まで開催された全国高等学校野球選手権大会のうちの二四試合及び同年八月中旬から同年九月二〇日までのプロ野球の両リーグの試合のうち一日一ないし二試合について、一試合に三万円ないし七万円を賭けて野球賭博をしていて、野球賭博を反復累行していたと認められる。また、被告人は、当時、C、Bがしていた競輪のいわゆる呑み行為についての客の紹介、付け引き(精算)をしたこともある。なお、被告人は、右前科の裁判時(昭和六〇年一月三一日)から本件犯行時(平成二年八月一九日から)までの約五年六箇月余りのうち、昭和六一年八月一八日までは監禁罪により服役し、更に昭和六二年七月には覚せい剤取締法違反の罪により逮捕起訴され、勾留のまま審理を受け、同年一〇月懲役一〇月の判決を受けて、昭和六三年六月二六日まで服役していたもので、社会内にあって賭博をする機会があった期間は、約三年間にすぎない。

3  被告人と本件野球賭博との関係について

本件野球賭博の胴元であるAは、右翼団体丁原クラブの幹部で、丁原クラブの会長の実兄が被告人が所属する丙川組の舎弟頭で、丁原クラブと丙川組とは同じ系列の組織であることから、被告人とAとは従来から親しかった。Aは、平成二年八月初めころから野球賭博を開張することを計画し、自己が経営する会社の事務所を受付、精算の場所とし、Dを雇って、賭客からの申込みの受付、賭金の計算などを手伝わせ、プロ野球、高校野球の試合を対象に野球賭博を開張した。Aが開張した野球賭博は、検挙を免れるため客を暗号で表示し、電話で申し込ませていて、上部胴に賭け、精密なハンディキャップを付しており、賭金最高額が二〇〇万円ないし一〇〇万円という高額で、賭客は約二〇名に達し、その中には暴力団構成員らが含まれている。被告人は、同年八月四、五日ころAから右野球賭博に参加することを勧められるとともに客の紹介を頼まれた。被告人は、同月一〇日ころ、被告人に対し野球賭博を開張している所を尋ねたE(暴力団戊田組若頭補佐)、F(暴力団甲田組の元組員で右翼団体の構成員)及び自ら積極的に誘ったGをAに客として紹介し、右三名の付け引き(精算)を自分でして、紹介、付け引きの報酬として右三名の賭金の二パーセントの戻り歩を受け取ることになっていた。

4  被告人の犯行状況について

被告人は、昔から野球賭博が好きだったが、夏の高校野球大会が進行して強いチームが残ると、いてもたってもいられなくなって、準々決勝の第三、第四試合に申し込むこととし、原判示の野球賭博に手を出すに至った(丙川組の組長が組員に賭博を禁じていたとの被告人の捜査段階の供述が疑わしいことは、原判決が指摘するとおりである。)。その際、被告人は、同年八月一九日にAに対し、「わしも張らせてもらっても、ええじゃろうか。一〇〇万円まで受けてくれるかな。」と言って、同日の高校野球第三試合の沖縄水産に一〇〇口(一〇〇万円)の申込みをし、次に同日の第四試合の丸亀高校に三〇口(三〇万円)を申し込み、さらに同日夜のプロ野球四試合に合計四〇口(四〇万円)を申し込み、翌二〇日の高校野球第一試合の山陽高校に二〇口(二〇万円)を申し込んでいて、同日午前一一時ころ前記甲野商事事務所が捜索を受けたため、それ以後の申込みをしていない。被告人は、右両日の賭博により勝ち負けを差し引いて合計五二万五〇〇〇円勝っていて、そのほか戻り歩として賭金額の二パーセントを受け取ることになっていた。

四  以上認定した事実関係すなわち、被告人は、中学校卒業後正業についたことはなく、以後十数年間本件野球賭博当時に至るまで暴力団組員として生活してきたもので、とりわけ被告人が所属した暴力団はいずれも賭博との親和性が強い組織であること、被告人には前記のように野球賭博による罰金刑の前科があり、しかも被告人はその当時本件野球賭博と同じような形態の高校野球、プロ野球を対象とした野球賭博を反復累行していたもので、その当時においてもある程度野球賭博の常習性がうかがわれる状態であること、被告人が関係したA開張の野球賭博は、暴力団構成員を賭客とするなど専門的職業的な賭博であり、被告人は開張者であるAと従来から親しく、自己が紹介した賭客の賭金及び自己が申し込んだ賭博の賭金の二パーセントをAから戻り歩として受け取ることになっていて、周囲の人から野球賭博を好み、また野球賭博に詳しいと見られているなど被告人の野球賭博との親和性を示す事情があること、被告人は野球賭博への興味、関心が強く、そのため原判示の賭博行為を申し込むに至ったもので、被告人の申込みの状況は一試合の賭金額が最高一〇〇万円、第一日目の賭金額合計が一七〇万円であるなど大口で、集中的、連続的になされていて、同年八月二〇日午前に前記の捜索があったためA開張の賭博が終わるということがなければ、同日分を含めてそれ以後の高校野球、プロ野球についても大口かつ連続的な申込みをしたと推認できることを併せると、被告人には野球賭博を反復累行する習癖があり、その習癖の発現として本件野球賭博の犯行に及んだものと認められる。

五  ところで、原判決は、次の諸点を指摘して、これらは被告人の賭博常習性を否定する方向の事実であるとし、これらを考慮すると、被告人に賭博常習性があると認定するには合理的な疑いがあるとしているので、以下検討する。

1  原判決は、「被告人の賭博の前科が前記一犯のみで、その内容も二日間の賭博の申込みのみで、賭金の合計額も二一万円でそれほど多額でない。また、その略式命令が発布されてから本件野球賭博がなされるまで、五年半余りの期間が経過していて、その間、日頃賭博行為を反復していたり、賭博をいわゆる「しのぎ」としたりしていた証拠はない。」旨の事実を認定して、前記の前科は、被告人に賭博の習癖が定着していることを推定させる前科としての価値は大きくないとの判断を示している。

原判決が認定した外形的事実は、そのとおりであるが、前記前科の内容となっている野球賭博がなされた当時、被告人が多数の野球賭博を反復累行していて、常習性もうかがわれることは、前に説示したとおりである。しかも、前記の五年半余りの期間中に服役などしていた期間が含まれ、社会内にあって賭博をすることが可能であった期間は約三年間であることは原判決も認めるところであり、被告人はその間正業に就いておらず、暴力団組員をするなどして生活していたこと、職業的に賭博をする者でなくとも賭博の常習性と認定することは可能であることは確立した判例であることなどに照らすと、前記の前科は、被告人に賭博の常習性があることを示す根拠の一つとし相当の評価をすべき事情である。

2  原判決は、「被告人は、野球賭博に興味があったが、野球賭博に賭けるために、毎年プロ野球の開幕や高校野球選手権の開催を待ちかねていたようなことはなく、Aから野球賭博を誘われてから二週間も申込みを控えていて、野球が始まれば、野球賭博がしたくて、いてもたってもおられないということはなかった。被告人が本件でAに野球賭博の申込みをするに至ったのは、折から高校野球が終盤を迎えて白熱化してきたという事情に影響されたもので、被告人の野球賭博の習癖が現れたとは見難い面がある。」旨判示している。

しかし、所論も言うように、賭博を反復累行する習癖とは、賭博を好む習癖が既に固定化して、賭博の機会があれば、一般人に比べて容易に賭博行為に出る傾向が有ることを意味していて、賭博の機会がある度に、これを逃さず賭博行為に出るという賭博狂や職業的賭博者のような場合に限定すべきものではないのであるから、被告人が前記四で説示したように集中的、連続的に大口の賭博の申込みをしていることなど賭博行為の内容に照らすと、原判決が指摘する右の事情が賭博の常習性を否定する根拠になるとは、考えられない。

3  また、原判決は、「被告人がした賭博の期間は、わずか二日間で高校野球三試合分、プロ野球四試合分の申込みをしただけで、被告人の勝ち金七二万五〇〇〇円(同月一九日分)の精算も未了のままに終わっていて、負けた場合の精算金の調達方法や勝ち金の使途なども分からないままである。このような申込みの期間、態様のみでは、野球賭博がどの程度被告人の生活の中に定着していたのかを掌握し難い。」旨判示している。

しかし、被告人の賭博の期間、回数が右の程度で終わったのは、前記の捜索がなされてA開張の野球賭博が終わったためで、もし右の捜索がなされなければ、被告人の申込みの動機、形態から、被告人が野球賭博を続けていたと推認できることは前に説示したとおりである。また、負けた場合の精算金の調達方法や勝ち金の使途が判明しなくとも、本件の場合、被告人の賭博常習性の認定は可能であると考えられる。原判決の指摘する右の点も、賭博の常習性を否定する根拠になるとは、考えられない。

4  更に、原判決は、被告人がAに紹介した賭客について、「EやFがどうして被告人と連絡すれば野球賭博の胴元を紹介してくれると分かったのか、前記のG、Fの精算の代行について、被告人が負け金の立替えなどどの程度のことをしてやったか、被告人の同年八月二〇日のGらの負け金立替え行為に至る経過などの捜査が十分詰められていない。」旨判示している。

しかし、原判決が指摘する右の点は、被告人自身の賭博行為に直接関係するものではなく、前説示のとおり被告人の常習性を認定し得る積極的事情が多く存在する本件においては、これらの点について原判示のように捜査が詰められていないことが、被告人の賭博常習性の認定に特に支障になるとは考えられない。

5  なお、原判決は、「被告人は、債権取立てや不動産仲介などの仕事で月平均二〇〇万円の収入があったなどと供述していて、他方賭博による収入があったとの証拠がない。」旨判示している。

しかし、賭博の常習者であるためには、賭博を職業とし、それによって収入を得て生活することが要件となるものではないから、原判決が指摘する右の点は、被告人の賭博常習性を否定する根拠になるとは考えられない。

六  以上説示したとおりであって、関係証拠によれば、被告人は野球賭博を反復累行する習癖があり、本件野球賭博はその習癖の発現としてなされたと認められ、原判決が被告人の賭博常習性を否定する方向の事実として指摘する諸点によって右認定を左右することはできない。してみると、原判決が本件野球賭博について、被告人の賭博常習性の発現であることを否定し、常習賭博罪の成立を認めず、単純賭博罪の成立が認められるにとどまるので、地方裁判所の事物管轄に属しないとして、管轄違いの判決を言い渡したのは、不法に管轄違を認めたものである。論旨は理由がある。

よって、刑事訴訟法三七八条一号により原判決を破棄し、同法三九八条により本件を岡山地方裁判所に差し戻すこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 荒木恒平 裁判官 竹重誠夫 山名学)

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